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「9・11」と「3・11」と「今」

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本日9月11日は、アメリカ同時多発テロが発生してから13年。 そして東日本大震災から3年半ですね。

 

色々書こうと思いブログを開けましたが、今もなお、色んなものと戦っておられる方々を思うと、どうしても言葉が上手く出て来ませんでした。

 

なので。

 

震災直後に語られた、ビートたけしさんの言葉を借りて共有させて頂きます。

 

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出典:オフィス北野

今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。 テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。 だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。

じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。

それは死者への冒涜だよ。 人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。 そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。

出典:週刊ポスト(2011年4月1日号)

 

この記事を読んだ時、僕はドキッとしました。

だって、僕も「2万人が死んだ一つの事件」と感じていたから。

「1人が死んだ事件が2万件」なんて、考えもしなかった。

 

僕も個人的に、2つの事件と同じくらい、忘れられない日があります。

そんな想いをした人が、それだけたくさん生まれてしまった日。

 

それ以来、ことあるごとにあの言葉を思い出します。

 

最近では、エボラウィルスやデング熱などの報道で「○○で△△人が無くなった」と聞く機会があります。

以前は 距離が離れていたり、人数が多かったりするとどうしても対岸の火事、客観的に事件を眺めていました。

 

そこで苦しんでいる人に、想いをはせることはなかった。

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カンボジアの孤児や、歴史の犠牲者にだって同じ感覚で、それは写真や映像で見るだけ。 そこにリアルを感じることは、ほとんどなかったんです。

自分のことなら、小指ぶつけたくらいで痛いのにね。

 

「2万人が死んだ一つの事件」ではなく「1人が死んだ事件が2万件」

 

自分自身がこの言葉を これからも忘れない為に、このブログを書きました。

 



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